保育の現場って、子どもの「すごい瞬間」が毎日たくさん起きますよね。私はそれを忘れたくなくて、メモやスマホに走り書きを残しています。「H君、今日はじめて自分から靴下はけた」「Rちゃん、お友だちに『どうぞ』が言えた」——そんな短い箇条書きです。

手が離せないときは、Googleドキュメントに音声でコメントを吹き込むこともあります。でも、そうやってためた断片を、あとから読める「記録」の文章にまとめ直すのが、本当に大変で。気づけば、箇条書きの山だけが残っていました。

正直に言うと、私はずっと「AIなんて保育に関係ない」と思っていました。子どもと向き合う仕事に、機械なんて冷たいものを持ち込みたくない。そんな気持ちが、どこかにあったんです。

きっかけは、たまった箇条書きの山

ある日、たまりにたまったメモを前にため息をついていたとき、ふと思ったんです。「この散らばった言葉を、つなげるところだけ手伝ってもらえないかな」と。

おそるおそる、AIにこうお願いしてみました。

「この子のメモを時系列でまとめて、その子に向けた手紙みたいに、やわらかい文章にして」

すると、バラバラだった箇条書きが、ひとりの子の数週間の成長が見える、あたたかい文章に変わったんです。「あの日できなかったことが、今日はできていたね」——自分の走り書きが、こんなふうにつながるのかと、ちょっと感動しました。

ひとつだけ、自分で決めているルール

AIに様子をまとめてもらうとき、子どもの名前はそのまま入れません。「H君」「Rちゃん」のように、イニシャル1文字に置き換えています。音声で吹き込むときも同じです。生年月日や家庭のことなど、個人が分かる情報も入れないようにしています。

完璧じゃないかもしれません。でも、この一手間があるかないかで、安心して使えるかどうかが全然違う。怖がりな私が続けられているのは、たぶんこのルールのおかげです。

AIは「代わりに見る人」じゃなかった

やってみて気づいたのは、AIは私の代わりに子どもを見るわけじゃないということ。「H君、今日はじめて靴下はけた」と気づいて、メモに残すのは、やっぱり私です。AIがやってくれたのは、散らばった私の言葉を、読める形に編み直すこと。それだけでした。

でも、その「編み直す」作業が、どれだけしんどかったか。せっかく拾った子どもの瞬間が、箇条書きのまま埋もれていくのが、私はずっと悔しかったんです。

もし今、昔の私と同じ気持ちなら

「AIなんて」と思っている人を、無理に変えたいわけじゃありません。私もそうだったから。ただ、もしあなたも、拾ったメモを記録にまとめきれずに抱えているなら——名前だけ伏せて、「つなげるところ」をちょっと手伝ってもらう。それくらいから始めてみても、いいのかもしれません。

浮いた時間で、私はその子の次のねらいを、落ち着いて考えられるようになりました。ラクをするためじゃなくて、大事なことに時間を回すために。私にとってのAIは、そういう存在になりつつあります。