保育の世界には「手書きじゃないと気持ちが伝わらない」という空気が、たしかにあります。私の職場なんて、その空気がビンビンに漂っています。連絡帳も、おたよりも、手書きが一番。私もずっとそう思ってきましたし、その気持ちは今も否定したくありません。
実際、保護者へのお手紙や、子どもへのカード・手紙に、一文字ずつ気持ちを込めて書いたものには、印刷では出せない温度があります。だから私は、ここだけは絶対に手書きと決めています。手作業には、手作業にしかない温度がある。これは本当だと思います。
でも、全部を手で抱える必要はある?
ここで一度だけ、立ち止まって考えてみたいんです。手書きが大事なのと、何もかも一人で抱え込んでヘトヘトになるのは、別の話なんじゃないか、と。
心を込めたい部分——保護者への手紙、子どもへのカード——は、これまで通り手で書く。でも、毎月同じような事務的な文章や、案内のひな形は、AIに下書きしてもらう。そうやって分けてみたら、私の中で罪悪感がすっと軽くなりました。
意外な効果——「読み手の気持ち」で見直せる
やってみて、思いがけない発見もありました。AIに読みやすく整えてもらった文章を、いったん自分が『読む人』になって読み返せるんです。すると「これは気持ちよく読めるな」「ここはなんだか違和感があるな」と、受け取る側の目線で考えられる。
自分でゼロから書いていると、どうしても『書く人』の視点から抜け出せなくて、これでいいのかと延々迷っていました。でも一度文章になったものを読み手として眺めると、ぐっと判断しやすい。おかげで、あの『あれこれ迷う時間』が、ずいぶん減りました。
「いいとこ取り」という考え方
- 心を込めたいところ(保護者への手紙、子どもへのカードや手紙)→ これまで通り、必ず手書きで
- 事務的なところ(行事案内、定型のおたより)→ AIに下書きを頼んで時短
- 迷ってしまうところ → AIに整えてもらい、読み手の気持ちで読み返して決める
どっちかを選ばなくていいんです。手作業もAIも、どっちも使う。「いいとこ取り」でいい。そう思えたら、ずいぶん気持ちが楽になりました。
がんばり方は、変えてもいい
がんばることをやめよう、という話ではありません。ただ、がんばる場所を選んでもいいんじゃないか、ということ。事務作業で力尽きるより、子どもと向き合う時間に体力を残しておきたい。私はそう思うようになりました。
職場の空気は、まだまだ手書き一色です。すぐには変わらないと思います。それでも、アナログを大事にしながら、しんどさまで抱え込まなくていい。がんばり方を、ちょっとだけ変えてみる。この記事が、そのきっかけになれたらうれしいです。